ヒグマ、エゾシカ、キタキツネなど、北海道に特徴的な生態系を紹介しながら、その動物たちが及ぼす被害事例や主な対策を紹介します。
北海道特有の生態系
日本列島の中でも最北に位置する北海道は、本州・四国・九州・沖縄と比べると大変特徴的な生態系を持っています。その生態系の違いを生む原因は、動物相の分布境界線であるブラキストン線があるためです。
ブラキストン線とは、イギリスの動物学者トーマス・ブレーキストンが提唱した動物相の分布境界線のことで、日本列島はこのブラキストン線を境に、北はシベリア亜区、南は満州亜区に分類されます。
シベリア亜区にあたる北海道にはヒグマ、ナキウサギ、エゾシカ、エゾシマリス、キタキツネなどが生息し、満州亜区にあたる本州以南にはツキノワグマ、ニホンザル、ニホンリスが生息するなど、全く異なる生態系が形成されているのが分かります。
このブラキストン線は、歴史をたどると氷河時代にさかのぼり、本州から九州にかけての大陸は朝鮮半島と繋がり、北海道はユーラシア大陸とつながっていたことが理由だといわれています。その上、北海道と青森県を隔てる津軽海峡は、最短距離で約19km、海の深さは最大約450メートルと、海峡が広く深いため、潮の流れも速く、双方に生息する動植物が行き来ではないということも原因の一つだと考えられています。
害獣被害の特徴
異なる生態系を持つ北海道でも、人間と野生動物がともに生きていく中で問題が起きることに変わりがありません。ここでは、独特の生態系を持つ北海道に特徴的な獣害被害をご紹介します。
まず1つ目は、ヒグマによる人的被害です。ヒグマとは日本国内で北海道にのみ生息し、エゾヒグマと呼ばれることもあります。
メスの体重は最大150〜160キロ、オスは最大400キロほどになる日本最大の陸棲哺乳類です。雑食性のヒグマは、自ら狩りをして動物を食べるというより、死肉を食べたり、木の実や木の芽、山菜などを食べたりして生活しています。
そして、北海道の獣害として最も代表的なものは、100年以上前の開拓時代に起きた三毛別ヒグマ事件です。
この事件は日本史上最悪の被害を出したクマ事件であり、7名の住民が噛まれる・食べられるなどで死亡し、3名が重傷を負った事件となりました。事件を起こしたヒグマは越冬のための冬眠ができず、食べ物を探し回っている間に人間の味を覚え、事件を起こす以前に別の地でも被害を出していました。
ヒグマは学習能力と執着心が強く、何かのきっかけで人と食べ物を結びつけて学習してしまうと、人に被害が及ぶ可能性が増えてしまいます。この事件の場合も、民家の軒先に干されていたトウモロコシに寄ってきたヒグマが、最終的に人を襲うようになってしまったのです。ただし、現在では行政がクマ出没情報などを管理しているため、このような事件はほぼ起こりませんが、住民である人間側もクマの知識を付け、クマに出会った時の対策やクマ被害の予防方法を身に付ける必要があります。
そして2つ目は、エゾシカによる被害です。
エゾシカによる獣害被害は大きく2つあり、1つ目は車との衝突による人的被害です。エゾシカは日本国内で北海道にのみ生息し、オスで最大体長190センチ、体重150キロにもなる国内最大の草食動物です。
2017年、北海道内でのエゾシカが関係する交通事故発生件数は2430件と、記録が始まった2004年以来過去最高の事故件数となりました。その被害は、札幌をはじめ、釧路、旭川など各地で発生しています。1年の中でも、特にエゾシカの繁殖期にあたる9月〜12月に被害件数が多く、夕方〜夜8時ごろまでと朝方の時間帯に被害が出やすいのが特徴です。
エゾシカによる獣害被害の2つ目は、農林水産業への被害です。北海道において、平成29年度の野生鳥獣による農林水産業被害金額は47億円にのぼり、なんとその約8割にあたる39億3000万円がエゾシカによる被害なのです。
エゾシカによる農業被害のうち半分以上にあたる20億円5000万円もの被害は牧草への被害で、次いで、ビート、水稲、ばれいしょ、デントコーン、根菜類と続きます。また、エゾシカは北海道の林業にも影響を与えており、木の表皮を角で削ったり剥いで食べたり、若い木の芽を食べたりすることで木の成長に被害を与えてしまいます。同じく林業に被害を与える害獣に、エゾヤチネズミやユキウサギなども挙げられます。
3つ目は、キツネが運ぶエキノコックスによる人的被害です。
エキノコックスという寄生虫は、通常キツネと野ネズミに寄生するものですが、北海道では毎年十数人ほど人への感染が確認されています。エキノコックスが人に感染すると、数年から十数年の潜伏期を経て、肝機能障害に伴うだるさや黄痕などの症状が現れます。初期症状を放置し続けてしまうと、肺や脳に影響を与えてしまうこともあります。
人へ感染する原因は、キツネの糞に含まれたエキノコックスの卵を口に入れること(経口感染という)です。しかし、実際に口に入れたつもりはなくても、エキノコックスの卵は0.03ミリと肉眼では見えないため、糞が付着している可能性のあるキツネの体毛に触ったり、山菜や木の実に付着していたりものを口に運ぶことで感染することもあるのです。
キツネの菌保有率は40〜50パーセントと高確率ですが、エキノコックス症は普段の心がけで予防できる病気でもあります。キツネを見かけても触らないのはもちろんのこと、外出後はよく手を洗う、山菜や沢の水には火を通すなどで感染を防ぐことができます。
主な獣害対策
獣害への対策は、被害の状況や害獣となる動物種によっても異なりますが、ここでは被害別に対策の種類を紹介します。
まず人的被害に関する対策は、被害状況をより多くの地域住民と共有し、それぞれが個人でできる対策を行うことが重要です。本記事ではヒグマ被害やエゾシカとの衝突、キツネが運ぶエキノコックスなどを紹介しましたが、どの被害も動物が人間を狙って故意に被害を与えているわけではありません。
ヒグマの例では、本来ヒグマは警戒心が強い動物で、普段は人の目につかない森の奥や林の中で生活しています。そのエリアに人間が侵入してヒグマと遭遇したり、ゴミ置場や民家に近くで餌を見つけたりすることで、ヒグマ被害が発生するのです。
こうした被害を避けるためには、山に入る際にはクマ鈴をつけて人の居場所をクマに伝えること、地域住民がゴミ出しの時間帯やルールを守ることなどが重要です。
海外には、北米イエローストーン国立公園に生息するクマ被害対策の事例があります。1930年代からイエローストーン国立公園内では、クマとの負傷事故が圧倒的に増えた時期がありました。それは、国立公園にキャンプや散策に来た人が、クマに餌付けをしたり、ゴミを放置したりしたことが原因です。この状況を受け、国立公園では徹底的に観光客に対して餌付けの禁止やゴミの徹底管理を行ったところ、徐々に事故件数が減少していったのです。
この事例において大切なのは”徹底的に”対策を行うことで、たとえほとんどの人が万全な対策をしていても、ごく少数がクマへの餌付けや生ゴミを放置しては対策の意味はなくなってしまい、クマが寄り付く原因になってしまいます。一人一人に意識を持ってもらうことは難しいことですが、小さな心がけや取り組みが周囲の理解や協力につながります。
エゾシカとの衝突被害は、道路への侵入防止柵の設置で被害予防を期待できますが、費用面を考えると残念ながらすべての道路に設置できるわけではありません。事故を最小限にするためには、エゾシカについての知識を皆が持っておくことが重要です。
エゾシカは通常群れで行動しているため、1頭いれば周りに別の数頭がいるかもしれません。1頭でも道路沿いに見つけた場合は、周囲の個体の存在を考えて車を減速し、ゆっくりとそばを通過しましょう。
また、エゾシカの蹄(ひづめ)はアスファルト上で滑りやすい素材をしています。すぐに逃げてその場を去るとは限りませんので、遠くに見つけた場合でも「すぐに去るだろう」と安易に判断せず、減速しましょう。仮に衝突事故を起こしてしまった場合は、二次被害(後続車が再度轢いてしまう等)を避けるためにもそのまま去らず、警察や保険会社に連絡をしましょう。
キツネが運ぶエキノコックス対策には、キツネに触れない・熱を通す・水道水でよく洗うという対策が有効です。エキノコックスは、本来はキツネと野ネズミ間で寄生するため、万が一手に付着したとしてもよく洗うこと、沢や野山で採集した水や山菜を口に入れる際は火を通したりよく洗ったりすることで、卵を排除することができます。
ただし、キツネから人間に感染することはあっても、野ネズミから人に感染することはなく、人から人への感染もありません。稀に、エキノコックスに感染した野ネズミを食べてしまった飼い犬が感染することもあるため、犬の飼い主は飼い方や散歩の際に注意が必要です。
卵は目に見えない上に、症状が出ない潜伏期間があるため、重症に陥らないために定期的に診断を行うのも良いでしょう。
最後に、農林水産業の対策としては、侵入防止柵の設置や捕獲活動、木の保護材の活用などが有効です。
北海道の農産業被害で特に深刻なエゾシカ被害ですが、数年前と比べると、推定生息数と被害金額は徐々に減少するという良い傾向があります。これは、国の交付金等を活用した侵入防止柵の設置や捕獲活動などの着実な対策が実を結んでいる結果です。その一方で、林業でも木という資源を守るために様々な対策方法があり、守りたい区域をすべて電気柵や鉄柵で囲う方法もあれば、木そのものに保護材(ウッドガードと呼ぶ)を巻いて物理的に木の皮を削れないようにする方法もあります。