イノシシ被害に悩まされている方に向けて、イノシシに効果的なワナや柵、設置時の工夫(スカートネット)をご紹介します。
イノシシの生息地と被害の特徴
近年国内におけるイノシシの生息数は増え続け、農業や人々の生活に大きな被害を与えています。
平成10年ごろには約40万頭ほどだったイノシシの推定生息頭数は、12年後の平成22年には約3倍の120万頭近いイノシシが日本に生息していると言われていました。生息数増加の原因は、農業の機械化や狩猟者の減少、自然環境の変化、人々の生活様式の変化など様々ですが、原因の1つにイノシシの繁殖力の強さがあります。
イノシシは性成熟が早い上に多産で、多くのメスが2歳までに初産をむかえ、その後は毎年2〜8頭の子どもを産みます。そのため、先述したような様々な要因が重なってイノシシ生息数増加が加速することとなったのです。現在の生息数は、ピーク時に比べると徐々に落ち着いてきているものの、平成30年も89万頭ものイノシシが生息しており継続的な獣害対策が欠かせない状況です。
イノシシ被害で最も特徴的なのは、掘り起こしと呼ばれる行動です。
雑食であるイノシシは植物の葉や根、果物、ミミズ、昆虫など様々なものを食べ、その摂食行動の1つとして地面の土を掘り起こす行動をとるのです。実際に畑で栽培されているサツマイモや人参が食べられたり、田んぼの畦(あぜ)やゴルフ場の芝が破壊されたりすることもあり、東北地方から九州・沖縄まで全国各地で被害が報告されています。
もう1つの特徴として、食べ物への強い執着心があります。
シカやヤギなどの反芻動物(胃を複数持つ)と比べて、イノシシの胃は単胃(胃が1つしかない)であるため、効率の良い食事のために消化の良いものを好んで食べます。この違いが食に対する執着心にも関係しており、イノシシは一度「ここに来れば食べ物が食べられる」と学習してしまうと、被害防止のための柵を設置しても、遠回りして同じ畑に行こうとしたり柵を飛び越えたりとどうにかして食べ物にありつこうとするのです。
そのためイノシシ対策には、被害が深刻化する前の初期段階での対策と、イノシシの行動や生態を踏まえた複合的な対策が必要になるのです。具体的には、くくりワナや箱ワナなどのワナ類、金属柵や電気柵などの柵類、LED 発光装置、忌避剤などがあります。次からはワナ類と柵類で行う対策について詳しく見ていきましょう。
ワナを使用したイノシシ対策
イノシシの対策の1つにワナによる捕獲があります。
全国的にイノシシが増加して農林水産業に被害が出ている中、イノシシの被害と生息数を減らすためには毎年何十万頭もの個体を捕獲しなければいけません。実際に、平成29年度は全国で約53万頭のイノシシが捕獲されています。これらの捕獲には狩猟免許や狩猟者登録、都道府県庁や市町村長による捕獲許可申請等が必要であるため、誰にでもできる対策ではありませんが、イノシシの生息数減少に貢献する最も効果的な手段といっても良いでしょう。
イノシシの成獣は基本的にオス・メスともに単独行動で、子育て中のメス親と交尾期のみ複数頭で共に行動をします。そのため、数頭〜数十頭の群れを一気に大量捕獲するような捕獲方法はイノシシには向いておらず、生息数を減少させるためには計画性のある地道な捕獲が必要なのです。ここでは、イノシシの捕獲で使用される箱ワナとくくりワナについて概要をご紹介します。
1つ目は箱ワナです。
箱ワナとは頑丈な金網で作られた箱を使用したワナの1種で、箱の中に餌を置いて入り口を開けた状態で設置し、動物が餌を食べると入り口が閉まって閉じ込められる仕組みになっています。餌には米ぬかが使われることが多く、その他にトウモロコシやリンゴ、サツマイモ、おからなどを使用する場合もあります。
ワナの設置場所付近に田畑がある場合は、その田畑で栽培している作物を餌に使用するのは避けましょう。意図せずとも新たな被害を生んでしまう可能性があります。箱ワナの設置で最も重要なのは、ワナの設置場所です。やみくもにワナを設置してイノシシが捕まったとしても、そのイノシシが田畑を荒らしにきている個体でなければ、田畑の被害が減ることはありません。
確実な被害減少のためには、センサーカメラや足跡の追跡などによって加害個体を特定し、その個体を狙ってワナを仕掛けるのが最短の近道なのです。他にも、箱ワナを危険物と認識させないための餌やり、そのほかの安全に対する専門知識など様々な工夫をすることで捕獲率を高めることが出来ます。
2つ目はくくりワナです。
くくりワナとは野生動物が通る獣道(けものみち)に設置するワイヤー状のワナのことで、通りかかった動物の脚や胴体をくくりつけて捕らえることができます。脚をくくることが多いため、足くくりワナと呼ばれることもあります。軽くて持ち運びやすいため一人でも設置しやすく、箱ワナに比べて大変安く手に入ります。
一方で、くくりワナは設置場所の見極めや調整が難しく、動物の体重が軽すぎて動作しなかったり調整がうまくいかずに足から抜けてしまったりする場合もあるため、初回の設置ですぐに捕獲できるというより、センサーカメラや足跡の追跡などで周囲を観察しながら微調整を繰り返し、捕獲に向けて準備する必要があります。侵入防止柵の新設によって獣道が変化することをうまく利用すれば、イノシシの誘導と捕獲効率の向上も可能です。
柵を使用したイノシシ対策
田畑や集落で既に大きなイノシシ被害が発生している場合は、田畑や集落を柵で囲んでイノシシの侵入を防ぐことも可能です。イノシシ対策に有効な柵には、電気柵、ワイヤーメッシュ柵、金属柵の3つがあります。
1つ目の電気柵については、畑の周りに一定の間隔で支柱を刺して電線をくくりつけ、そこに電源装置をつけて電気を流す仕組みです。
イノシシをはじめとする野性動物たちは、見慣れない物を見つけるとまず鼻先で触って「安全かどうか」を確かめようとします。電気柵は動物のこの習性を利用した柵で、電線に触れた瞬間に動物に電気を流して驚かせ、動物を田畑から遠ざけるのです。ある意味心理戦のような柵であるため物理的な強度は低いのですが、その分設置がしやすく予算を抑えることもできます。
電気柵にはバッテリータイプ、ソーラータイプ、乾電池タイプなどがあり、予算や設置場所の条件によって種類を選ぶことができます。電気柵の注意点としては、人間に対する注意書きが必要であること、夜間だけでなく昼間も電気を流しておいた方が良いこと、電気柵付近の雑草を刈る必要があることがあります。基本的に夜行性だと言われているイノシシも、昼間に危険がないことが分かれば明るいうちに行動することもあります。電気柵を設置しても夜間しか電気を流していなければ、イノシシたちが「昼間なら安全に餌が食べられる」と学習してしまう原因にもなり、そうなってしまうと被害は減るどころか昼間の被害を誘発してしまう可能性もあります。設置をする際は時間帯関係なく常に電気を流しておき、より高い効果を得ましょう。
支柱の高さや電線の幅を調整することで、イノシシだけでなくシカや猿の侵入防止にも効果的です。
次はワイヤーメッシュ柵です。
ワイヤーメッシュ柵とは簡易版の金属柵のことで、本来コンクリートのひび割れ防止や強度補強として用いられているワイヤーメッシュを柵として利用したものです。支柱の打ち込み作業やワイヤーメッシュ同士の固定作業など、電気柵に比べて設置の作業量は多くなってしまいますが、その分強度も強くネット柵のように噛み切られる心配もないため、大きな効果が期待できます。
柵の支柱とは別に、畑の内側から斜めに支柱をもう1本設置することで、柵の強度を増すこともできます。ワイヤーメッシュ柵を設置する際の注意点として、網目の大きさがあります。イノシシの成獣であれば基本的にどのワイヤーメッシュでも対応できますが、網目が大きすぎると子イノシシが侵入してしまう可能性があるため、親子共々完全に侵入を防ぐためには網目が10cm以下のものを選ぶと良いでしょう。高さを調整することで、イノシシだけでなくシカの侵入防止にもなりますが、同時にサルにも効果的な柵にするためには周辺環境の整備と「ワイヤーメッシュ柵に電気を通す」という方法も効果的です。
最後に電気柵です。
電気柵は3つの中で最も強度がある丈夫な柵で、維持管理の手間が少ないのが特徴です。イメージとしては、公園や空き地、駐車場などに設置されているフェンスのようなしっかりとした作りのものです。その頑丈さから故障や破損の頻度は少ない反面、柵の高さや敷地の規模によって搬入や設置が大がかりになってしまうこともあります。
設置こそ簡単ではありませんが、その頑丈さから集落全体を柵で囲む場合や山の中に柵を設置する場合によく用いられます。金属柵にはいくつか種類があり、山の斜面や起伏の激しい地面にも対応しやすいパネル式金網と平地でよく使用されるロール式金網などがあります。ワイヤーメッシュ柵と同様イノシシ以外にシカ対策にもなります。
イノシシは運動能力が高く、大人の成獣であれば1メートル以上の柵を飛び越えたり鼻を使って50キロ近いものを持ち上げたりすることもできます。その上、高さ20センチほどの隙間があればくぐり抜けられるので、柵を設置する際はこれらのイノシシの習性を把握した上で柵の設置・修繕を重ねていきましょう。具体的に、柵の下に隙間ができないように設置をする、柵を設置した後に地面を掘られた形跡があった場合には侵入される前にトタンで蓋をする、柵に忌避剤を付けてイノシシが嫌がるような工夫をする、などを行うと効果的です。
スカートネットとは?
スカートネットとは、イノシシ対策に有効なネットの設置方法の1つです。
柵の設置と併用することが可能な対策で、イノシシが柵の上を飛び越えることを防いだり、柵の下を掘って潜ることを防いだりする効果があります。
そのネットの設置方法は、ネットを洋服のスカートのようにふんわりと曲線状に地面にかぶせる方法です。畑に食べ物があることを知っているイノシシは、柵自体の安全が確認できさえすれば、どうにかしてその柵を突破しようとします。
イノシシは1メートルほどの高さを飛ぶことができるので、イノシシの大きさや柵の高さによっては柵を飛び越えることもできるでしょう。そんな時、スカートネットを設置しておくことでジャンプをする足元を不安定にし、ジャンプをさせにくくするのです。これは柵の下から畑に侵入しようとするイノシシにも有効で、鼻を使って柵の下を広げる行動を防ぐことができます。
素材によってイノシシにネットを噛み切られてしまうこともあるため、そのような被害が続いた場合には針金入りのネットを使用したりネットに忌避剤を巻いたりすることで予防もできます。
イノシシの対策は、どれか1つの対策に絞って行うものではありません。田畑の被害状況や周辺環境、そのイノシシが人に馴れている個体であるか、周辺エリアのイノシシ生息密度はどうか、によっても有効な対策は変わってきます。
どれか1つだけを実行するのではなく、近所の方や自治体ごとに協力し合い、捕獲や侵入防止、スカートネット、忌避剤散布、音や光を利用した追い払いなど、対応できる方法をいくつも持っておくことが大切です。